医療における利権問題について

医学の進歩に伴う問題の発生

現代は、医学の進歩によって、飛躍的に寿命が延び、仮に病気を患っても短期間の入院で済んだり、治療においても日数が減ってきたことは事実だと思います。
入院に関して言えば、それまでは数週間から数か月は当たり前とされていたのがわずか数日で退院が可能になったりします。
場合によっては日帰り入院などと、もはや入院と呼べないケースもでてきました。
こうした医学の進歩は、本来ならばここぞと手を挙げて歓迎すべきことのはずなのですが、それに伴って問題も発生しているのが事実です。

利権問題

それが医療の利権に関する問題です。
たとえば、先ごろ問題となった生活保護の不正受給について、生活保護費が国の予算を圧迫していることを多くの国民が薄々感じています。
そうでありながらも、どうすればいいのかということに、答えを見いだせないでいました。

あるお笑い芸人の母親の不正受給をきっかけに、生活保護費について見直されたところ、その大半を医療費が占めていることが分かったのです。
これは、生活保護を受けている人が医療を受けた場合、医療費を支払わなくていいという構造に問題があると、改めて指摘されています。
つまり、生活保護受給者が医療を受けた場合、医療機関は必ず治療費を回収できるのです。
税金という財布からです。

そのため、どんどん検査や治療を行うとか、必要以上に薬の処方をするなどして、治療費を水増しするケースも後を絶たないと言います。
これは、医療における利権問題の大きな課題として、今後改善が求められるところではないでしょうか。

この問題を改善するために

医療技術を患者に提供すること、優れた医療で治療することは、誰にとっても望ましいことです。
ですが、ひとたび金儲けの手段に利権を使われると、一部の人にとって利益となり、そのほかの人たちにとっては損となってしまいます。
生活保護費と医療費負担は切り離して考えるべきで、そうした仕組みを作ることにより、患者と医療機関の間に生まれている、奇妙な利権を断ち切ることができると思います。

そして、それをすることが、不要な医療、あるいは投薬を防ぎ、真に必要な人への医療に割り当てられるでしょう。
生活保護を中心に考えていますが、母子家庭にもあてはまることであり、こうした福祉と医療との利権の問題は、改善の余地が山ほどあると思います。

利権を生み出す温床となる制度がある限り、医療機関においてその利権を有効に活用しようという考えが生まれてしまうのも、ある意味、無理からぬ話だという気もします。
その分、法制度をしっかりして、そういった抜け穴的な利権が発生しにくい土壌をつくらないといけないでしょう。

これからますます高齢化が進み、医療費の増大は確実になるのですから、早いうちに対策を取っておくことが大事です。
医療機関においても、今一度医療の利権というものに対し、謝った認識がないかどうか、考えてみる時期に差し掛かってきているのではないでしょうか。
法とともに見直すことで、改善されると思います。

医療に関する社会問題

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さまざまな社会問題

医療に関する社会問題はたくさんあります。
そのなかからいくつかについて考えてみたいと思います。

社会的入院

まずはじめに挙げられるのは、社会的入院ではないでしょうか。
病状事態はよくなっているのに、患者が帰る場所、受け入れ場所がないためにやむを得ず入院を続けなければならないという状態です。
特に精神疾患の場合におおいようです。
当たり前のことですが、ベッドの数は限られているわけですから、こういった社会的入院が原因で、入院したくてもできない人もいます。
かといって、追い出せばいいというものでもありません。
病院が追い出してしまったら、その人は行く先がないのですから大変です。

また、長期にわたって入院生活を続けるということは、その間は社会から離れているわけですから、簡単に社会復帰できるわけもないのです。
高齢化が進む日本でのおおきな問題の一つと言えるでしょう。

受け入れ態勢

次に、病院側の受け入れ態勢ですね、これは、少し前に頻繁にニュースになっていました。
救急車を呼んだのはいいけれども、受け入れてくれる病院が見つからなくていくつもの病院に行くけれども断られたりされてて、そのまま救急車の中で死んでしまう、あるいはもっと酷くなってしまうといった問題です。

これも、病院が受け入れてあげたらいいじゃないか、そんだけいい給料なのだから頑張れ、と思うかもしれませんがそうは、いきません。
救急でくる患者は、症状がさまざまですが自分の専門外でも受け入れなければならない時もあります。
一応、医者は歯医者以外は免許は共通ですが。

しかし、もしミスでもおかしたりしようものなら、最悪の場合、業務上過失致死罪などで逮捕されてしまう可能性すらあるのです。
しかも、365日24時間体制で受け入れ態勢を考えて動くというのはなかなか厳しいことです。
一般のサービス業などとはわけが違います。
常に人の生死にかかわるわけですから、肉体的にも精神的にも疲れてしまいます。

この事態を改善するには、医者の数を増やすしかありませんが、ご存じのとおり、私立医学部の授業料などは桁違いの高さです。
国からの補助が進み、学費面でも援助がなされれば少しは解決できるかもしれませんがそれでも、この問題はまだまだ解決に時間がかかるといえるでしょう。

臓器移植の問題

最後に臓器移植の問題ですしそれにこれは、非常に複雑といっていいでしょう。
日本では、まだ臓器移植に対して、なかなかハードルが高く、移植したくても移植できない人がたくさんいるのが現状です。

しかし、一概にこれがまずいともいえないのです。
一般に脳死したら、臓器移植のドナーとされますが、そもそも脳死は人の死なのかという問題も完璧に解決できていません。
実際、脳死から復活したという例もあります。

さらに、健康な人からの臓器移植もありますが、これも、全面的に賛成とは言えないでしょう。
健康な人の体にわざわざメスを入れるわけですから、きわめて不自然な行為です。
臓器移植は過渡期医療であるため、明確な解決方法はありませんが、Ips細胞などの研究がすすめば、より望ましい結果が得られるのではないでしょうか。

医療に関する利権問題

医療費のゆくえ

現代社会において、医療費はとにかく高いということが伺えます。
ですが、治療をしていくうえにおいては病院にかかり、すすめていかないといけないというのが現状です。

病院に通うこともそうですが、入院ともなるとその費用は社会保障の範囲ということで、最高に支払った費用以外は戻ってくるという仕組みですね。
後から戻りがあるということです。

しかし、払うのは自分であり、それを後から立替という風になっていますね。
そして、医療費はどのように使われているのか、医師のお給料がものすごく高いのかというとそうでもないようですね。

治療に関するための医療器具だったり、さまざまな設備投資にもお金がかかっています。
さらに言えば、この治療費はどのように使われるのかもきになりますね。

医療に関する利権問題とは、どのようなことがあるのかご存知でしょうか。
ぜひとも知っていて損はないですし利権とは、患者さんにとって、医師にとってどのようなしくみになっているのかです。

医療費の中に含まれる医療従事者の賃金は世界においた水準で比較しても、先進国中では最低の水準になっているのです。

上記の医療費の内訳は下記の通りとなっています。
人件費・診療材料費・薬剤費…などがあり、その中でも薬剤費と診療材料費は最高のレベルとなっているのです。

このようにして、その内訳も医療費としてだけで見ると、医師のお給料、人件費としての項目ということ以外にもいろいろな項目があるということがわかりますね。

解剖について

さらに、もし個人的に病院でかかっていて、亡くなったという場合です。
その責任はだれにあるのかです。
医療の現場においてミスがなかったのか、その死因はどのようなことなのか、それは解剖ということをしてみないとわからないというのが原状です。

医師としては、死因を病院側の責任ということにしたくないでしょう。
もちろん、遺族としては、これから生きるかもしれないその命、親族の命ということになりますから、いろいろな概念だったり、気持ちの問題もありますね。

そうしたときに、どちらの問題なのか果たして病院側にミスがなかったのか死因を突き止めるためには解剖しかないといわれたけど、解剖なんてとんでもないということが親族の気持ちです。

その気持ちを汲んで、遺体を解剖しないという親族が多いのではないでしょうか。
もし病院で亡くなったというケースについてのこと、この問題というのは、大きなことです。
もちろん、病院側を訴えたという親族もいることですね。

法律の現場で問題視されていることになります。
果たして病院にどのような見解がもとめられるのか、的確な治療がなされたのかということですね。
もちろん医療の現場では最善を尽くしていたしかし、そこにはミスも隠れていなかったかということです。

臓器移植に関する私見

報道に対する疑問

先日、男児の6歳未満の子供が脳死と判定され、10歳未満である女の子に臓器を提供したことが話題となりました。
ニュースでは「体に合う大きさの臓器の提供がなく、今まで日本で移植を受けられなかった手術のできない重い病気の子どもの患者などに、新たな道を示した」と沢山報道していたが、私自身は少々疑問が残ったのです。

脳死判定の問題

確かに、臓器の提供を待つ病気の子どもの数は多いです。
両親の希望も切実なものでしょう。
だが、そう簡単に脳死と判定され、すぐに臓器を提供できるものなのでありましょうか。
脳死は脳の活動が一切なくなってしてしまった状態のことを指します。
その他の臓器はまだ生きているため、髪の毛や爪も伸びるし、汗もかきます。
傍から見ればとても「もう亡くなってしまっている」とは思えないというのです。
まして脳死と判定された子どもの両親にしたら「思いたくもない」というのが現実なのではないでしょうか。

さらに、事実子どもの脳は大人の脳に比べてみると非常に元に戻ろうとする力が強く、脳死を正確に判定できるのかが問題となっています。
子どもが不幸にも事故(または病気により?)脳死判定を受けてしまったのです。
そんなときに、コーディネーターと名乗る人が来て臓器提供を迫るのです。

コーディネーターとは

コーディネーターにはドナーコーディネーター、レシピエントコーディネーター、組織移植コーディネーター、そして骨髄移植コーディネーターと様々あります。

ですが、基本的な仕事としては臓器提供病院に行く、臓器提供候補者やその家族と会って承諾手続きなど臓器提供に関する一連の手続きを調整する医療専門職の者のことを指します。
臓器提供候補者の医学的な評価を行い、家族に臓器提供に関する情報提供したりするのです。
臓器提供の手術などのすべてを管理して、提供された臓器を移植病院まで搬送などが仕事です。
臓器提供は「体が生きている」うちに取り出さなければならないために、「少し時間をください」などという猶予は与えられません。
その場で決断を迫られる遺族にとっては身を切られるような決断でしょう。

昔、ある本に書いてあった表現によると、遺族にとって「その光景はハゲタカがむさぼりにきたようだ」といいます。
提供を承諾するや否や、何人もの医者が体を取り囲み、臓器を取り出したということでしょう。
臓器を待っている人のためとはいえ、残された家族にこのような印象を与えてしまう臓器移植は、「まだ希望があったかもしれないのに」と、より悲しみを大きくしてしまうのではないかと思ってしまうのです。

難しい問題

よく、「いざというときのためによく話し合いを」なんていうフレーズも聞くんですが。
テレビを観ながらこたつでくつろぎ、「提供してもいいと思う」と言った台詞をそのときになって鵜呑みにしてもよいものなのでしょうか。
また、「臓器移植は人生最後のボランティア」などという言葉も見かけるが、遺族にとってはボランティアどころか、「もう少し待つべきだったのかもしれない」という後悔を持たせてしまう結果になりかねません。
大変難しい問題であるとは思うが、私自身は、6月のニュースより、簡単に道が開けるとは思えないのです。

医療業界が注目すべき「難病」指定問題

難病指定の見直し

医療業界において、今後大きな課題となってくるのが「難病」への取り組み方です。
昨今、厚生省が難病指定する病気の種類は上昇の一途を示しているが、難病指定することによる、様々な機関への負担増も否めないのが現状です。

ここで「難病」と位置づけするのは、国が難病指定し医療費の一部負担もしくは全額負担するものとしかつそれに付随する様々な援助を受けるのに該当するものとします。
この「難病」患者が増加する事は、当然国の財政に大きな負担となります。
現在はまだ「難病」として指定されている患者の保険料負担は、国や地方財政が担っていますがその財政が破綻寸前となっている今、今まで「難病」としていた基準を国が見直しを検討しています。

難病指定解除に関する現状

具体的には、国が「難病」と指定する患者数の基本は5万人以下と言われています。
ですが、それ以上の患者数となってもそのまま「難病」指定されていることがほとんどで、それは財政を大きく圧迫しています。
患者数の増加に伴って、「難病」指定を解除しようとすると、患者やその家族、またその治療にあたっている医療機関などからの反対が起こり、なかなか指定をはずすことが出来ない現状があります。

「難病」指定からはずされてしまうと、当然患者は医療費を自己負担することになり、死活問題となります。
しかし、本来「難病」指定して医療費の負担を減らす本意は、治療困難で通常より医療費などが高価であることが多い。
そのことからの援助目的であるので、治療方法の進歩や新薬開発などが実現した場合は、通常の保健医療範囲での治療が可能となる為、当然「難病」指定する必要はなくなると考えるのです。

しかし、今までより負担が増えるという現状だけが問題視され、患者からの反発が大きく、なかな受け入れてもらえないというわけです。

今後の取り組み

しかし、国の財政を大きく圧迫する問題がある以上、どこかで国は決断をして「難病」の指定を解除する時は確実にやってきます。
その時、負担を抱えるのは患者だけではありません。
むしろ、その患者の治療にあたっている医療機関の負担は大きなものとなります。

かつて「難病」指定されていた病気の投薬治療に使用されていた、薬の扱いや保険点数、治療点数などに大きな変化が起こるでしょう。
その際、特に治療の施術内容は変わらないのに対して、当然収入が減少することが懸念されます。
新薬や新しい医療器具などを積極的に導入している医療機関ほど、その財政を大きく苦しめていることになります。
国がそこまで考えて、「難病」指定を解除することを踏みとどまることは到底考えられません。
患者の経済的・精神的苦痛に陥れない為、そして何より医療現場の潤滑性を保つ為にも、国の「難病」への取り組みの姿勢を注意深く見守り、的確な対応をしていかなくてはなりません。

医療業界の現場を守るのは、患者と一体となり、国の対応や政策にきちんと対応することが、大きな実を結んでいくのです。
このような現状から、今後特に国の「難病」に対する取り組みに注目すべきといえるでしょう。

医療費の高騰が大きな問題です

制度の見直しの必要性

これからの医療において大きな問題となっているのは医療費の高騰といえます。
これは高齢化が進む日本では避けられないようにもいわれているのですが、本当にそうでしょうか。

出来ることが行われていなかったり、大きな利権構造がからんでいてやるべきことが出来ていないといったこともあるように思われます。
日本の国民皆保険制度というのはすごい制度ともいえるのですが、今の時代になると無理がきているようにも思われます。
この制度についても見直しもしくは大幅な修正が必要になってきているといえるのかもしれません。

高齢者の医療負担がしばしば問題になるのですが、これについても難しいところです。
収入のない高齢者に費用を負担していただくというのは無理なことなのですが、働けるのに働いていないという場合にまで負担している余裕は今の政府にはないはずです。

モラルの低下に伴う問題

ところが今の制度では簡単に審査をクリアしてしまっているというのが現状なわけです。
つまり医療費の問題に関しては他の問題とも同じような問題が起きていると考えていいでしょう。

生活保護の不正受給といったような問題と同様な問題なわけです。
これらの問題については日本人のモラルの低下が大きく関係しています。
昔でいうところの武士道といったようなことです。

武士はくわねどたかようじ、といったことばや恥を知るといったようなことが再認識される必要があるように思います。
出来るだけに自分で努力をして、それでも駄目な場合に生活保護があるといったような考え方です。

この状況を変えていくには

今の制度はこれらのモラルが日本人にはあるということが前提となって出来ているようなところがあり、これほどの不正受給者が増えることを想定はしていなかったものといえます。
この状況を変えていくには一人一人が昔のような気質をもつことが必要といえるでしょう。

病院に行くのは人間ドックや、体調が悪いと感じた時であって、常に病院をあてにするといったことではなく、自分で働くことがあたりまえという気質をもつようにすることです。
政府からの援助などで生計を立てている人をみて羨ましいとかんじるのではなく、自分でスキルを持って自分で独立していきていく。
といったようなことが一人一人がするようになれば、今のような考え方も少なくなっていくでしょう。

そのためには教育をしっかりとすることです。
国にお世話になっているというような意識があれば、その国の援助で生活をしようといったような気にはならないはずです。
教師でありながら、国歌斉唱もしないということもあるように、今は国に対する忠誠心もなくなってきています。
ですから、税金を納めるということについてもさまざまな問題がおきてしまうといったこともいえるのでしょう。
これかも教育の結果といえるでしょう。
むかしの軍隊式の教育をするべきとはいいませんが、教師が国歌斉唱もしない、入れ墨などをしているといったことでは、子供に何を教えているのかわかりません。

取り組むべき課題はたくさんあります

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少子高齢化の問題

日本に限ったことではありませんが、世界の先進諸国においても、少子化、高齢化は深刻な問題となっています。
特に日本では、既に人口も減少に転じ、少子化ももはや語られなくなるほどに当たり前の事態となっています。
また、高齢化を突き進む日本の将来の経済問題を解決するために、今も国会では税金及び社会保障改革に関する熱い議論が展開されています。
これからの日本はどうなってしまうのかと悩まざるを得ません。

今後は、医療業界においても、ますます加速する少子高齢化に対応する諸問題が数多く横たわっていると言っても良いでしょう。

収支のバランス崩壊

その課題の一つは、言わずと知れた、医療サービスを受ける側の人たちが増え続けるということです。
そして、医療サービスを受ける際に費用の全額を支払っているという人はほとんどいません。

各種健康保険や医療保険に入って、費用の一部(場合によってはほとんど)を国や地方公共団体が補っていることも多いのです。
このことから、今後福祉に関わる財源は、年々増してくるというのも、未来のことですが明らかな事実です。
医療機関にかかることが多いのは、抵抗力の弱い子どもや高齢者となりますが、子どもが生まれる割合以上に高齢化が進んでいる昨今であります。

高齢者の医療負担、及び国などの高齢者に対する医療負担の支援が日に日に増加して行くものであることは否定し難い事実と言って良いでしょう。
合わせて、資金面でも今後の医療を支えて行くべき若者や子どもたちが減って行く訳です。
このように、収入と支出のバランスが完全に壊れてしまっている、更に今後アンバランスが拡大して行く傾向にあるということが何よりも問題です。

医療スタッフの余剰

更に別の課題は、人口が減っていくことに伴って、今のペースで医療従事者が増えて行けば、医療スタッフが余ってしまう現象が明らかに予見されます。
現在全国的には、医師が集まっているところと医師がいないところの地域格差が大きいようです。
そして日本は、医師も看護師も、先進諸国から見れば絶対数が決して多いとは言えません。

しかし、そうだと言っても、これからどんどん医師が増え看護師が増える一方で人口が減少して行く。
そして、いつかは過剰になってしまい、場合によっては願われない患者獲得の争いが起こることも十分に考えられるのです。

新しい技術導入の遅さ

それから、医療のサービス自体の点に触れれば、日本は発展途上国に医療支援や技術支援をしています。
ですが、先進諸国の中では、まだまだ改善すべき内容や技術もたくさんあります。
特に、日本は国民性からも、新しい医療の技術に対しては、慎重過ぎる嫌いがあります。
他の先進国で認可されている薬剤が、日本では慎重に慎重を重ねる認可作業が遅手に回ってしまって、なかなか認可されないというケースが少なくありません。

検査や承認を急いで手抜きをしてもらっては、その後の健康被害が深刻となりますので絶対に避けなければなりません。
ですが、あまりに時間をかけ過ぎて、患者になお長期の苦しみを与えてしまっているという事態を回避することは、今後の大きな課題の一つと言って良いでしょう。

医療に関する利権問題の現実

利権とは

医療に関する利権問題が、現実にあるのでしょうか。
まず、「利権」の定義が必要でしょう。
例えば、病院経営者(資本家)が、労働者を雇用して、利潤をあげ、労働者に支払った報酬より儲けることがあれば、「搾取」である。
というような考え方であれば、病院院で何らかの「儲け」があれば、すべて「利権」となるような気がします。

架空の診療や過剰の診療

医療に関すれば、「医者・弁護士」という「お金持ち」の象徴かのように言われることがあります。
ですが、診療報酬は、厚生労働省から定められた医科点数表により診療報酬明細表を作成しなければない。
保険機関に査定されることもあるのであるから、違法または、脱法して儲けることは、かなり困難であると思います。

しかし、怪我の包帯やガーゼ交換で、1000円の医療費を支払っても、これが3割だとすると診察時間に比較してかなり儲けいているような気分になることがあります。
ですが、これは、正当な報酬(処置料や再診料)でありますから、「利権」とは、また、違うと思います。
かつて、「乱脈診療」などと批判を受けたことがありますが、架空の診療や過剰な診療などは、ほとんどできないと思っていいのでないでしょうか。

製薬会社との結託

次に、ある医師が製薬会社と結託して、その製薬会社の薬ばかりを使用するようになった。
これも微妙と思いますがその病院の経営主体が国公立など公の病院において、金銭の授受があれば、贈収賄になる可能性があります。
ですが、正式に認可されて、効果が高いとされる薬剤の紹介を製薬会社から受け、その医師がその効果を本当に認め、その薬剤を使用する頻度が多くなった。
これは、利権でしょうか。

学会・医局会での製薬会社が資料の作成を手伝ったり、弁当がでることがありますが、これも広告・宣伝費であると思います。
また、製薬会社は、販売促進用の物品をたくさん病院に持ってきます。
3色ボールペン、付箋の類、メモ用紙、磁石などですが他にもいろいろあった気がします。
それで、これらの販促物品には、かならず、製薬会社の名前と売り込みに来ている薬剤名が大きく書かれています。
これをもらうことも、もしかして、その薬剤の名前を思い出して処方しても宣伝の範囲と思います。

付け届け

次に「付け届け」と言われるものですが大病院になると、いわゆる「名医」がいて、その人に診察・執刀などをしてもらうためです。
入院は、多くの場合順番待ちであるから、その病棟などを管理している医師に有利にしてもらう謝礼などを名目に金銭を患者または、その家族からもらっていると言われています。

入院は、急性期患者のような入院の必要性が高い患者から入院を決めていくでしょう。
それに、このような「見えざる手の力」が影響していることを私は、体験したことがありません。
医療に関する利権と言えば、何か巨大な金銭の流れと黒幕がいるようなことを連想します。
ですが、このような医師は、法律違反があれば逮捕されているでしょうし金銭による入院や医療行為そのものに手心を加えるようなことはないと思っていいのではないかと思います。

医療業界の問題と課題

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医療業界の問題・課題

では、現状を知ったところで、次はそれら医療業界の問題と課題について詳しく見ていきましょう。

先程も述べたように、医療制度にせよ医薬品にせよ、医療業界はどんどん進歩していっています。
しかし、現在私たちがかかっている医療費はどんどん増え続けています。

現在、日本の医療費は年間30兆円を超えていて、病人の数も全くといっていいほど減っていません。
そして、国民健康保険の保険料未払い者数は増えていっているので、この差はどんどん広がり、資金源は大変危機的状況に陥っています。
そのために、病院経営もうまくはいかずに経営破たん、人件費削減へとつながり、先程述べたような公営の病院は次々となくなったり、医師・看護師を雇いたくても雇えなかったり、高クオリティーの医療を提供できなくなっている原因となっています。

医療制度や法律の改正に伴う経営不振

そして、この病院の経営不振は、私たちのせいだけではありません。
これも先程何度も出てきていますが、医療制度や法律の改正ラッシュが引き金となり、医療機関はその改変に追いつかず、やむなく経営不振に陥っているという現状もあります。

例えば、入院ベッドの規定が変わったら病院側も新しいベッドを導入しなければいけませんし、新たな医療機器であれば、一台変えるだけでそれは莫大な費用がかかります。
こうしたことの繰り返しによって、病院側の借金が増えていき、泣く泣く経営破たんへとつながっているのです。
そうなれば私たちも思ったように医療を受けられなくなります。

医療機器メーカーの競合

そしてもう一つ、このような問題が起こる背景には、医療機器メーカー※の増加も挙げられます。
医療機器メーカーや製薬メーカーが巨大になっていたり、数が増えていることで、会社同士の販売売り上げは競争となっています。
この競争から、どんどん販売額は上がり続け、現在は医療機器一つにしても莫大な値段となっています。
このことがさらに病院側が借金が増えていく要因となっています。

しかし、このようにしなければいけないメーカー側の理由もあります。
競争社会の中、より進歩した開発費や会社が大きくなったことにより人件費に多くの予算を必要とし、現状としては仕方がないことなのです。
なのでメーカー側も売値を上げてもすべて開発費、人件費に流れていくので、会社の利益にはつながらず、メーカー自体の経営も大変厳しい状況に陥っています。

このように、医療業界の問題点は全ての機関が関わっていて、金銭的な面において負のスパイラルをたどっているということになります。

※日本の医療機器メーカーの売り上げは2009年現在、
1位オリンパス 2位テルモ 3位ニプロ となっている。(業界動向サーチ調べ)
売上高はテルモとニプロで2000億円程度差があり、7位以降で1000億円を切っている状態で、24位以降は100億を切っている状態である。
大手とそれ以外の企業での売上高の差があることが、このランキングからも見てとれるという結果になっている。